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第六章「龍馬危うし」その5(完) [土佐ノ巻]

 一方、根来忍者のアジトへ侵入したりえは、壁際から広い和室の部屋をそっと覗くと、柱に縛られたお嬢さんがぐったりしているのが見えた。周りの敵は根来忍者二人、かなり手薄な警備だ。
 りえは梟のアトムに敵を撹乱するように命令した。アトムは小さく頷くと部屋を騒がしく飛び回りはじめた。
「ホッー・ホッー・ホッー・ホッー」
「バタ・バタ・バタ・バタ・バタ」
「何じゃ、こいつは梟か? こら、出ていけ……」
 二人の根来忍者は喚きながら梟を追いかけ出した。もう、敵は隙だらけになった。
 渡辺は娘を助けるため、柱へジリジリと近づいて行った。りえと龍一は梟を追いかけている根来忍者の前へ姿を現した。
「何物だ!」
 根来忍者は驚いて叫んだ。すると龍一は、
「誘拐犯の現行犯で逮捕する」
「何だと、これでもくらえ!」
「シュ・シュ・シュ」
「カン・カン・カン」
 りえは忍者刀を素早く抜くと十字手裏剣を叩き落とした。そして目にも止まらぬ速さで敵の中に飛び込み、
「エイー・ヤァー」
 奇声をあげながら二人の根来忍者を倒した。
 その隙に渡辺は娘を縛っている縄を断ち切った。自由になった娘は父の胸に飛び込み大声で泣き出した。
「けい子、怪我はないか?」
「……うん……パパ……すごく怖かった」
「けい子、ほんまにごめんぜよ」
「……パパ、来てくれてありがとう」
「こんな目に合わせて、ほんまにごめんぜよ」
 渡辺はけい子を強く抱きしめながら詫びた。
 傍らでその光景を感動しながら見ていた龍一は二人に近づき、
「けい子さん、無事でほんとうによかったがやきっ」
 やさしい声をかけた。りえは目にいっぱい涙を浮かべながら、
「ほんまによかったね……けい子さん」
 けい子は小刻みに震えながら、
「ありがとうございました」
 かぼそい声で言って深々と頭をさげた。
「龍一さん、りえチャン……ほ、ほんまにありがとうございました」
 渡辺は土下座して嗚咽を抑えながら言った。そこへぞろぞろと数名の警察官が入ってきた。
「さあ……渡辺社長、立ってください。応援が到着したから、後は任せて桂浜へ戻るがやきっ」
 四人を乗せたパトカーはサイレンをけたたましく鳴らしながら猛スピードで桂浜へ向かった。
 龍一たちが桂浜へ戻ると、辺りは静まり返っていた。りえはパトカーを素早く降りてあきに近づき、
「お姉さん、お嬢さん無事に助けたよ」
「ほんと……よかったね」
 あきはこぼれるような笑顔で応えながらお嬢さんの方へ目をやった。けい子はあきを見て小さく会釈した。けい子の側にいた渡辺は静かにあきの前へきて、
「みさき、じゃあない……あきチャンのお陰で助かりました。心からありがとうございました」
「お嬢さんが無事でほんとうによかったですね。ウチは渡辺社長の態度からきっとお嬢さんに何かあるんじゃないかと思っていました」
「ほんま、あきチャンの素早い対応で娘を助けていただき、心から感謝しています」
 渡辺は深々と頭をさげたまま言った。あきはけい子へ微笑みかけながら、
「お嬢さん、無事でよかったですね」
「ほんとうにありがとうございました」
 けい子は少し笑みを浮かべておじぎをした。
 突然、渡辺は両手をあきの前に突き出した。
「……」
 あきは訝しい表情で渡辺を見詰めた。
「あきチャン、俺を逮捕してくれ」
 ……しばらく沈黙が続いて、
「ウチ、知らんよ……勝手に自首してください」
 と言って背を向けた。
「……あきチャン」
 と言った渡辺は、ゆっくり坂本龍馬銅像へ近づき見上げて龍馬の顔をじっと見詰めた。そして、その場に土下座して深々と頭を地面につけたまま静寂な時が流れた。渡辺は心の底から龍馬に詫びた。
 やがて、静かに立ち上った渡辺はゆっくりした歩調でパトカーへ近づき、一礼して後部座席へ乗りこんだ。ガラス越しに、けい子を優しく見詰める渡辺の瞳が曇ったように見えた。
「パパ……信じているからね」
 けい子は嗚咽を堪えて叫んだ。そして涙が滝のように溢れて頬を濡らした。
 ……やっと渡辺を乗せたパトカーが静かに動き出した。
 背を向けたままのあきは懐から「手鏡」をそっと取り出して覗いた。ゆっくり遠ざかるパトカーが映った。やがて……パトカーはゴマのように小さくなって「手鏡」の中から消えた。愛する望月から快気祝にもらった「手鏡」は、闇に隠れた真実まで映るような気がした。




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第六章「龍馬危うし」その4 [土佐ノ巻]

 一方、桂浜では激闘が繰り広げられていた。坂本龍馬記念館へは機動隊が突入し人数で圧倒しながら根来忍者を逮捕していた。坂本龍馬銅像前は、あきと望月そして警官で闘いを有利に展開していた。望月は甲賀忍者トップの強者だけあってずば抜けた闘いを展開していた。あきは宿敵とうめと睨み合って一戦が始まろうとしていた。
「あきはまだ、のこのこと生きていたのね」
「うめは忍者くノ一じゃあなかったのね」
「何をほざくか、わちきは根来忍者くノ一よ」
「じゃ……うめの体の穴は何個あるの?」
 うめは指を折って数え出した。(口・鼻・耳・目で七個、あそことあそこで……)
「九個よ。それがどうしたの?」
「女はね男より大切な穴が一つ多いから九ノ一と言うの。知らないの?」
「何それ」
「うめはニューハーフだからくノ一じゃないよ」
「もう……悔しい……あき許さないわよ。覚悟おし」
 うめは痛い所をつかれて逆上してしまった。これはあきの精神的な勝利でもある。
「キェイ!」
 うめは阿修羅の形相であきめがけて斬りつけてきた。しかし、あきはトンボを切って軽々と躱した。忍者刀を収めたうめは根来独特の武器である異形鎖がまを取り出しブーン・ブーン振り回しはじめた。鎖の先端の鉄の塊が体に当たれば骨が砕けるだろう。
「あき、もう……悔しい……」
 円を描いていた鎖があきめがけて怒りをこめて飛んできた。
(何よ、これしき)腹で呟いたあきは余裕を持ってトンボを切って躱した。激しく鉄の塊が飛んでくるが、あきはことごとく躱した。そして、一瞬の隙を見て高々と舞い上がり木の枝に立った。
「ブーン・ブーン……シュー」
 枝に立っているあきめがけて鉄の塊が飛んできた。
「バキ・バキ・バキ」
 やかましい音たてながら枝が吹っ飛んだ。しかし、あきは地上に舞い降り笑いながら立っていた。
「もう……悔しい……」
 うめは叫びながら異形鎖がまを投げ捨てて、高々と跳び上がって十字手裏剣をあきへ投げつけた。
「シュ・シュ・シュ・シュ・シュ」
 あきは前回この十字手裏剣に当って死にそうになったのだ。
「カン・カン・カン・カン・カン」
 あきは一回・二回・三回・四回目と五回目は同時に躱した。うめの必殺わざは見事に破られた。
「うそやん、躱された。もう……悔しい……」
 うめは動揺して悔しそうに叫んだ。
 あきは素早く棒手裏剣をうめへ投げつけた。うめは余裕を持ってトンボを切りそれを躱した。その瞬間、あきは目にも止まらぬ速さでうめに接近して、
「エーッイ、ヤァ……」
 気合いを入れて忍者刀で袈裟がけに斬りつけた。
「カン」
 鋭い金属音を鳴った。うめは素早く忍者刀を抜いてそれを受け止めていた。一瞬の間合いであきは忍者刀を手放し高々と跳び上がった。そして、
「シュ・シュ・シュ」
 棒手裏剣を三本を投げつけた。
「カン・カン・カン」
 見事にうめは三本の棒手裏剣を叩き落としたその時、左手にピッと痛みが走った。
 うめは左手をチラッと見て、
「何よこれ……針?」
 うめは小さく呟いた。しかし針の先端からみるみる秘薬が体内にまわり崩れるように膝を落とした。
「……しまった」
 悔しそうに呟いたうめは地上に倒れ込んだ。
「あき、見事だ。よくやった」
 望月は敵と闘いながらあきとうめの闘いを見ていた。あきは望月に褒めてもらって嬉しかったが、今は喜びに浸っている場合ではない。自信を取り戻したあきは得意の針技を駆使して次から次に敵を倒していった。たまらず海へダイビングする敵もいたが、海では海上保安部の「巡視艇とさみずき」の乗員に追いつめられていた。まさに袋の鼠になってしまった根来忍者は次から次と逮捕されていった。


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第六章「龍馬危うし」その3 [土佐ノ巻]

 全員、配置に付くと無数の宝石が煌めくような星空を見上げながら、嵐の前の静寂な一刻を過ごした。
 あきは息を殺して時を待っていた。かすかな振動が五体に感じる。段々と振動は強くなってきた。六十本の足音の振動に間違い。
 午前十二時、闇に包まれた坂本龍馬銅像の周りに黒装束を身にまとった根来忍者三十人衆が静かに現れた。棟梁らしい忍者を中心に円陣を組んでしばらく何事か打ち合わせをしていたが、間もなくさっと散らばった。
龍馬銅像の周りで爆弾のスペシャリストらしき人物が動き回って指示をしている。縄ばしごを使って龍馬銅像へ登りプラスチック爆弾を素早く貼りつけている忍者や肩車をされた忍者がコンクリートの土台にプラスチック爆弾を何箇所も貼りつけている者もいる。四人がかりで重たそうな爆弾を運んできて龍馬銅像の前に設置した。
 十数名の根来忍者は坂本龍馬記念館へ侵入して残っている龍馬直筆の遺品を盗んでいるようだ。午前一時の爆破とともに一斉に逃げ出す段取りで素早く行動しているようにも窺える。
 荒川は双眼鏡で覗きながら細かい状況をあきに連絡していた。
 もう……時刻は午前一時前だ。作業していた根来忍者はすべて木の陰に隠れて静まり返ってしまった。
 静寂の中から「シュー」と微かな音が聞こえてきた。暗闇の中でひときわ鮮やかな赤い火と白い煙が生き物のように坂本龍馬銅像めがけてスローモーションのようにゆっくり進んでいた。
「龍馬あやうし」
 荒川は合言葉を囁くように叫んだ。
「ウチにおまかせ」
 あきも囁くように答えて音もなく土から這い出した……と同時に、
「ドッカン!」
 耳をつんざく大音響の爆音と白い煙がもうもうと立ち上った。その瞬間、あきは猫のように素早く飛び出し導火線の火を消した。
 この爆音は龍馬銅像の近くに、あきが仕掛けた疑似爆弾だった。爆音によって一瞬、敵をあざむき、その隙に爆破を阻止する作戦だったのだ。あきはそれを見事に成功させた。
 爆音と白い煙を合図に上竜頭岬に待機していたジェットへリが飛んできて照明弾を打ち上げると、坂本龍馬銅像の威風堂々の姿が浮かび上がった。海上からは海上保安部の「巡視艇とさみずき」がフルスピードでやってきて坂本龍馬銅像へ向かって照明を灯した。
 陸上では機動隊とパトカーがサイレンをけたたましく鳴らし猛スピードで桂浜へ向かってきた。
「な、なんじゃこれは?」
 と叫んで飛び出してきた一人の根来忍者は、無傷の坂本龍馬銅像を見上げて呆然と立ち尽した。
「その声は渡辺社長?」
 あきはその根来忍者に近づき、サッと覆面をとり顔を見せた。
「あっ……みさきやないか?」
「ウチの正体は伊賀の忍者くノ一あきよ」
「そ、そうだったのか。頼む……あきチャン。娘を助けてくれないか?」
「えっ、お嬢さんを助けてくれって、なぜ?」
「娘を人質にされているんぜよ。これが失敗したら娘は殺されるんぜよ」
「それは大変だわ」
 小さく呟くと、あきは振り向いて大声で叫んだ。
「龍一さん、りえすぐ来て」
「なんぜよ?」
「龍一さんすぐに渡辺社長のお嬢さんを救いに行ってあげて」
「お嬢さんはどこに監禁されているんだ?」
 龍一は慌てて渡辺に訊ねた。
「根来忍者のアジトぜよ」
「アジトの場所は?」
「それが……はっきりわからないんです」
「アジトなら梟のアトムが知っているわ。りえ、急いで助けに行ってあげて」
 あきはピィーと口笛を吹いてアトムを呼んだ。あきはアトムに話かけると、アトムは大きく頷いて上空へ舞い上がった。アトムの誘導に従って、龍一とりえ、そして渡辺を乗せたパトカーは猛スピードでアジトへ向かった。途中、渡辺から話しを聞くと、昔は根来忍者で爆弾のスペシャリストだったそうだが、足を洗って高知県で始めた建設事業が成功して楽しく暮らしていた。
 ある日突然、現れた元仲間に坂本龍馬銅像の爆破を頼まれたところ断わったら一人娘を誘拐された。「爆破を実行し成功させなければ娘を殺す」と、脅迫されてやむおえず根来忍者に加わったとのことだった。



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第六章「龍馬危うし」その2 [土佐ノ巻]

 あきとりえはいつものように朝六時に起床した。任務を遂行する使命感からか不思議にさわやかな目覚めたようだ。
「お姉さん、おはよう」
「りえは珍しく瞼が腫れてないね、スッキリしてるね」
「うん、熟睡したお陰かも……お姉さん、ジョギングしようか?」
「そうね……じゃあ行こうか」
 あきは、素早くジョギングウエアに着替えると、猛スピードで走り出した。
「ちょっと待って……」
「お姉さん……そんなに速く走ったら、みんなから変に思われるよ」
「あっ、忘れてたわ。ごめん・ごめん」
 あきは本気で走ったら馬といい勝負をするくらい速いから、みんなから不思議に思われるのは当然だ。二人は軽く汗を流す程度にゆっくり走った。そして身体のストレッチを丁寧に行い体調を最高潮に高めた。さらに、精神力を高めるために東の燦々と輝く太陽に向かって朗々と「南無妙法蓮華経」を唱えた。宇宙のリズムを体内に取り込む、というより体内から力強い生命力が湧いてくるのを二人は実感した。坂本龍馬銅像の爆発を絶対阻止する。そして、根来忍者のニューハーフうめと一戦を交えて必ず勝つと力強く祈った。
 ……辺りは薄暗くなりいよいよ作戦開始の時間が迫ってきた。あきとりえは大好物のとうふ料理をしっかり食べて腹ごしらえをした。
 ピィーと口笛が夜空に響くとどこからか梟のアトムが飛んできた。
「アトムいよいよ決戦がはじまるよ。頼りにしているよ」
「ホッ・ホッ・ホッー・ホッー」
「任してくれって。ありがとう、じゃあアトム出動するよ」
「ホッ・ホッー」
 あきの運転するステップワゴンにりえとアトムを乗せ、午後九時前に上竜頭岬の北側に到着した。
 すでに県警のパトカ一五台、機動隊のトラック二台、自衛隊のジェットヘリ一機、目の前の海に海上保安部の「巡視艇とさみずき」が待機していた。
 望月の命令で絶対に殺すな、極力拳銃は使用するなと厳命されていた。万一、拳銃を使用しても急所をはずして手足を狙えと難しい注文がついていた。敵は根来忍者三十人衆であるから屈強な機動隊員でも命を落とすことはある。できるだけ忍者のあきとりえ、望月がメインで闘うことにしていた。逃げ出した根来忍者を取り押さえるのに陸は機動隊、海は海上保安部が担当することになっていた。
「あき、りえチャン。さあ……いよいよじゃ、油断するなよ」
 望月はいつもと変わらず愛想のよいサル顔で、平常心を保って呼びかけた。
「不気味にこの土佐を悩ました敵をやっと捕まえることができる。……緊張で心の臓が落ち着かんぜよ」
 龍一は誰かに話しかけるのでもなく、望月が立っている方へ歩きながら言葉を投げ捨てた。
「そこの爆弾スペシャリストの荒川さん。こちらへ」
 望月に手招きされて荒川がやってきた。望月は一人一人の目をしっかり見つめながら、
「龍一! りえを頼むぞ」
「心得た!」
「りえチャン、無理をするなよ」
「はい!」
「あき、自信を持てよ」
「うん!」
「荒川さん、指示を出してください」
「了解しました」
 と言った荒川は車のライトで少し明るいところに移動した。みんなも荒川に従って移動した。荒川は棒ぎれで根来忍者の爆弾プロならこう爆弾を仕掛けるだろうと地面に絵を描いた。……そして四人へ具体的に指示を出した。
 ……午後十時を過ぎた。五人は坂本龍馬銅像のある桂浜へ静かに移動することにした。
 坂本龍馬銅像は太平洋に向かって世界を見下ろすように堂々と立っていた。桂浜にくるほとんどの人達は、この坂本龍馬銅像をバックに記念撮影して思い出を残していた。
 あきとりえ、龍一そして望月は、坂本龍馬銅像を見上げながら荒川から爆発阻止のより具体的な方法を聞き終わった。
「よし! 荒川さんはあちらの遠く離れた木の陰から監視しながら速やかに状況をあきに無線してください」
「龍一とりえは、あちらの土手の土の中に身を隠してくれ」
「了解」
「わしとあきは、海側の土手の土の中に身を隠して待機する」
 望月は土手を指差して小声で言った。



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第六章「龍馬危うし」その1 [土佐ノ巻]

 あきは庭を駆け巡り、用心の悪い縁側から素早く天井裏へ潜り込んだ。そして物音ひとつたてづ天井裏を這い回った。時々、天井の隙間から下を覗いた。
(ここが応接間の上だわ、ここで息を殺して体臭を消して待とう……)あきは腹の中で呟いた。
 しばらくして渡辺社長の声と高いハスキーな男の声が近づいてきた。
「ところで今、何人の根来衆が土佐の桂浜にきているんぜよ」
「やっと三十人揃いましたわ」
「三十人……それだけいれば結構ぜよ」
 渡辺社長と話している相手の声を聴いてあきは驚愕した。なぜか? それは忘れることのできないあのニューハーフのうめだったからだ。
「いよいよ明日の夜中午前一時に坂本龍馬の銅像を爆発させることになった」
「えっ……爆発」
 うめは甲高い声で驚いた。
「すべてわしが指示するから頼むぞ。今度は絶対に失敗は許されん」
「ええ……」
「では明日午前十二時に坂本龍馬の銅像に集合しろ、いいな!」
「わかったわ」
 盗み聴きしていたあきは身震いした。あの銅像は全国の大勢の坂本龍馬ファンの象徴だ。万一のことがあれば全国のファンをどれほど悲しませるか計り知れない、絶対に爆発など許されない。
 ……あきは渡辺宅の天井裏から急い抜け出した。
「望月さーん、大変。えらいこっちゃ」
 あきはジャガーに乗るなり興奮した口調で叫んだ。
「どうしたんじゃ?」
「桂浜にある坂本龍馬の銅像を爆発するって」
「なっ何だと……いつだ?」
「明日の夜中よ」
「よし! 今からすぐ高知県警に行こう」
 一方、りえは盗聴器から少し聴きとりにくかったが、「銅像を爆発」とだけは聞こえたので、急いで龍一に電話した。
「なんじゃと……それはまっこと困るぜよ」
「りえチャンすぐに高知県警に来てくれ」
 まもなく高知県警の会議室で望月を中心に、あき、りえ、龍一、機動隊と海上保安部そして自衛隊も加わって、明日の襲撃をどのように阻止するかが話し合われていた。
「十三メートル余りある坂本龍馬銅像を破壊するには相当な量の爆薬がいるはずだ。また、熟練した技術も必要だろう。根来忍者の中に爆弾のプロがいるんだろうか……」
 と呟く望月はそこそこ根来忍者の情報を熟知していたが、今回はまったく心当たりがないので頭をかかえていた。
 しばらく考え込んでいた望月が鋭い目を光らせて、
「自衛隊員から爆弾に詳しいスペシャリストを一人お願いしたい。爆発については、その人の指導のもと我々は働くことにしよう」
「了解しました。爆弾のスペシャリストへ直ぐ連絡します」
 と言って、自衛隊員の一人が出ていった。
「それからジェットヘリを一機出動してもらいたい」
「それは容易いことです。一機でいいんですね」
 望月は小さく頷いてから、
「海上保安部には『巡視艇とさみずき』を出動してもらいたい」
「了解しました」
 全員で細かい作戦を練った後、明日午後九時に上竜頭岬の北側に集合することに決めて、長時間の打ち合わせを打ち切った。上竜頭岬の北側は桂浜からは全く見えない死角になっている。坂本龍馬銅像への距離も比較的近くすぐ対応できる格好の場所であった。



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第五章「再起の潜入」その6 [土佐ノ巻]

 翌日の午後一時頃、盗聴器着信モニターから、
「何もぐずぐずしている訳ではない」
「……」
「わ、わかった……仕方がない。そしたら早急に作戦を実行するぜよ」
 渡辺は奥歯にはさまったような口調で渋々承諾したようだ。
 ……しばらくしてから、
「わしや渡辺や作戦開始や」
「……」
「今晩八時にわしの家にきてくれ」
 ガチャと受話器を置く音がして電話が切れたようだ。
「お姉さん……大変よ」
「どうしたの? りえ……」
「渡辺社長が動き出したよ」
「そうか……そしたらりえは龍一さんに、ウチは望月さんに連絡するわ」
 大江龍一は十五分くらいで飛んできた。望月一郎も食事の途中だったのか食べかけの親子丼を片手に持って飛んできた。
「詳しい状況はどうだ?」
 と望月に聞かれたが、りえもあきも何も詳しい状況はわからない。
 ただ……今晩八時から渡辺宅で作戦が話し合われるようだとだけ伝えた。
 それを聞いた望月は、盗聴器だけに頼るには心もとない……と呟いた。
 しばらく考え込んでいたあきが、
「渡辺宅は本格木造住宅だから屋根裏に潜入できるはずよ」
「そうか、そしたら……その任務をあきに頼めるか?」
 遠慮がちに望月は言った。
「はい。ウチ頑張るわ」
 あきの大きな瞳がきらりを光った。
「そうか。あき、頼むぞ」
 望月はそう言った。そして、りえの方へ視線をやって、
「りえチャンはやはりステップワゴンの中で一人ちゃみちく、盗聴モニターの子守でもしてもらおうかな」
「了解しました」
 望月はこの緊張感を少しでも和らごうと思って、冗談を言ってみたがまったく無駄のようだった。
「龍一は高知県警で出動の準備を、空・海・陸の総力戦になるかも知れんぞ。あきを信じていないわけではないが万一のことを考えて、わしもあきと一緒に渡辺宅へ捜索に行くことにする」
 四人の細かな打ち合わせが終わった。龍一は直ちに高知県警へ戻った。望月は自家用車ジャガーの中から忍者道具を持ってきて手入れをはじめた。あきも自分の部屋の押し入れから忍者道具を持ち出し望月の横で手入れをはじめた。
 久しぶりに望月と二人きりになったあきは心臓が高鳴るのを抑えながら、
「はい……忍者刀、オッケー。はい……棒状手裏剣、オッケー。はい……煙玉、オッケー。はい、はい、はい……」
 あきは望月の横にいると子どものように無邪気になっていた。
 夕方五時すぎ、あきとりえそして望月の三人は食卓で、
「サラ・サラ・サラ・サラ・サラ」
 雨のような音を立てながら大好物のお茶漬けを美味しそうに食べていた。
 時々、「バリ・バリ・バリ」
 これは沢庵を噛む音だ。
「ああ……旨かった。さあ、あきそろそろ忍者服に着替えて出かけるか」
「はい、今日の成功と皆の無事故を祈るから、ちょっと待ってね」
「南無妙法蓮華経……」
 沈みかけた真っ赤な夕陽に向かって三唱した。一方、望月は九字の印を結んで成功と無事を祈った。
「さあ……あき、出発しょう」
「ちょっと待って、りえに会って伝えることがあるから」
 ホテル南水の駐車場に止めてあるステップワゴンの中で、りえはじっと耳をすましていた。
「りえ、いよいよだね。ウチは前のような失敗は絶対しないよ。油断なく行動するから。りえも大変やけど頑張ってね。何か新しい情報が入ったらすぐに龍一さんに電話してね」
「了解、お姉さんは二度も同じ失敗しないことはりえが一番よく知ってるよ、ここで無事と成功を祈っているから……頑張ってね」
「りえ、ありがとう。じゃ……頑張ってきます」
 あきは望月の車の助手席に乗りこんだ。桂浜へ行く途中、約八キロくらいの距離に渡辺宅の豪邸が見えてきた。
「あっ、あの豪邸よ」
 午後七時過ぎ、大空は深紅に染まり薄暗くなりはじめた。
「あき、くれぐれも油断するなよ」
「はい!」
 あきはジャガーを素早く飛び出したかと思うと、一瞬にして姿が消えた。それは、沈む寸前の夕日に溶け込み、夕日を背にしながら軽々と五メートルも舞い上がり豪邸の塀を越えたからだ。


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第五章「再起の潜入」その5 [土佐ノ巻]

「りえ、今晩、渡辺社長の周辺に盗聴器を仕掛けるから盗聴してね」
「お姉さん、できたら乗用車と財布に仕掛けてほしいねん」
「財布か……難しいわね」
「そしたらセカンドバックでもいいよ」
 午後六時前、みさきがはりまや橋に到着すると同時に車のクラクションが短く鳴った。その方向に目をやると、渡辺が車の中から笑顔で手招きした。車は運転手付きの黒いべンツだった。みさきは素早く駆け寄り後部座席に乗り込んだ。
「渡辺社長、今日はありがとうございます」
「こちらこそ、急に誘って許してがやきっ」
「いいぇ、ウチ、嬉しいです」
 みさきは話しながら静かに盗聴器を座席シートの隙間に差し込んだ。これで車は完了した。割烹大潮の前で二人は車を降りて、店内の個室へ案内された。高級感が漂う本格割烹のお店だ。
 しばらくするとふすまの外から、
「こんばんは」
「どうぞ」
「渡辺社長お久しぶりです。おおきに」
「今日は若い子と一緒にきたから、おかしいと思ってるんがや?」
「てっきり、お嬢様だと思っていましたわ」
「この子はみさきちゃんぜよ。三重県から坂本龍馬の研究にやってきた学生がやきっ」
「みさきちゃんよろしくね。初めてですよ、渡辺社長が家族以外の女性といらっしゃったの」
「おかみさん……いらんこと言わんぜよ」
「そうそう最近、お嬢様はいらっしゃらないですね?」
「うん……ちょっとなぁ」
 なぜか、渡辺の表情が曇った。それをみさきは見逃がさなかった。
「みさきちゃん……ごゆっくりしてください」
「ありがとうございます」
 懐石料理はコースで次から次と料理が運ばれてくる。個室といってもあまり用心する必要はない。みさきは内心ホットした。この席が盗聴器を仕掛けるチャンスだ。隙をつくらすために渡辺を酔わすことにした。
「渡辺さんはアルコールお強いんですね。男らしいですね」
 みさきはおだてながら焼酎の水割を段々濃くしていった。そして、先程から気になっていたお嬢様のことを聞いてみた。
「お嬢様はお幾つなんですか?」
「二十三歳がやきっ」
「お綺麗でしょうね」
「そりゃ……みさきのほうが綺麗ぜよ」
「ご冗談ばっかり」
「冗談じゃないぜよ。ちょっと、お手洗に行くぜよ」
 渡辺は笑いながら部屋を出ていった。
 そこにセカンドバックが置いたままになっている……チャンスだ。みさきは素早くセカンドバックをテーブルの下に持ってきてチャックを開けた。さらに内側にあるチャックを開けて見つかりにくい個所に盗聴器を隠した。そして、素早く元の場所に戻した。
 みさきは何食わぬ顔をしてりえにメールした。
「かつおうまいくじらもうまい」
 これが車とセカンドバックに盗聴器を設置完了した暗号だ。りえは着信を確認したら、
「りえもたべたい」
 と、みさきの携帯画面に表示された。これは正常に受信したとの通知の暗号だ。
「みさき、一人にしてごめんやぜ」
 渡辺は大きな声で呼びかけながらふらりと入ってきた。アルコールがかなり回っているようだ。
 美味しい日本料理を堪能した二人は店を出て、ぶらぶらと歩きながら午後八時にクラブ城へ入った。
 渡辺は深酒してしまったようで、小一時間するとみさきに見送られて機嫌よく帰ってしまった。渡辺のいない店には用がないので、みさきも早めにバイトを切り上げた。
「りえ、ただいま。盗聴器から何か聞こえてる?」
「お姉さんお疲れ様でした。まだ……特にないよ。渡辺社長は酔っぱらって眠ているわよ」
「そうか……そしたら録音しておいてウチらもゆっくりお風呂に入って眠ろうよ」
「はーい……了解よ」
 りえはそう言いながら、録音ボタンを押した。


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第五章「再起の潜入」その4 [土佐ノ巻]

 曲は加山雄三の「海・その愛」だ。渡辺は謎の多い人物だが深みがあって面白そうだ。
「すごく良かったです。渡辺さんは歌手なんですか?」
 みさきは本心から聞いてしまった。
「いや、歌はわしの趣味じゃけん」
音楽が好きな人はみさきは大好きです」
 と言いながら渡辺の目を見詰めて二回目のじゅもんを唱えた。
(愛が満たされ願いが叶う)
 このじゅもんも気孔を通って渡辺の心の中に入った。しばらくすると渡辺のみさきを見る目が明らかに変わってきた。
「みさきチャンは歌は唄うの?」
「はい、大好きです」
「よし! そしたらデュエットで『愛が生まれた日』を唄おうか?」
「はい」
 渡辺はみさきの小さな可愛い手をとりピアノへ近付いた。
 ピアノの前に坐った渡辺はみさきに微笑みかけてから伴奏をはじまった。みさきは澄んだとても美しい声で、音程も安定している、癒し系の歌手のようだ。間奏のとき隙がみえたので、
(愛が満たされ願いが叶う)
 三回目のじゅもんを唱えて忍法を完成させた。
 これを名付けて、
「忍法ピンクのじゅもん」
 もう渡辺は、みさきに逢いたくて逢いたくて仕方がなくなるはずだ。これからは周りに疑われないように振る舞って盗聴器を仕掛けることだ。
 渡辺は席に着くなり、
「みさきは声も顔も可愛いし歌も上手い! もう最高や!」
 渡辺の様子が少しおかしい……まわりは酒に酔ってるのかなと思うが、何かいつもと違う。
 この忍法ピンクのじゅもんにかかれば一気に恋人気分になってしまう。これは忍者くノ一あき(店ではみさき)の得意の忍術、一旦かかると三日間は解けない。
社長そろそろ帰りましょうか……」
 デレーとなった少しおかしな社長を見かねて社員の二人が促した。
「みさき寂しいじゃろけど、我慢してや……電話するし……メールするし……明日もくるぜよ……」
 社員二人は顔を見合わせて首をひねっている。こんな社長を見るのは初めだ。
「さぁ……社長帰りましょう」
「わかった……」
「………?」
「みさき愛してるよ……」
「………?」
「バイ・バーイ」
「渡辺社長ありがとうございました」
 みさきはじゅもんの効果に満足しながら微笑んで言った。
 ママは今まで見たこともなかった、渡辺社長の変わりように首をかしげながら爆笑していた。
 翌日の午後突然、一九九八年に大ヒットしたアルマゲドンの主題曲・エアロスミスのミス・ア・シングの着メロがあきの部屋に渋く響いた。
「もしもし、こんにちは渡辺社長。昨日はありがとうございました」
「みさき、こんばん食事でもしてお店に行こうぜよ」
「えっ、嬉しい。ありがとうございます」
「では……はりまや橋の前で午後六時に待ってるぜよ」
 と言って、静かに電話が切れた。


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第五章「再起の潜入」その3 [土佐ノ巻]

 望月に注意された時以上に猛反省した。もし、わかれば作戦は大失敗だ。
「そんなはずないじゃろ。テレビなんかでよう似た顔と違うんか?」
 渡辺社長がみさきに助け舟を出してくれた。
「そうですね……気のせいだと思います」
 と言って、男性は諦めたようだ。
(よかった……助かった)
 みさきは渡辺社長にありがとうって心の中で感謝した。
「みさきチャンは高知県と違うじゃろ?」
「はい、ウチは三重県です」
「伊賀忍者で有名じゃな」
 みさきはまたドッキとしたが平気な顔して、
「ウチの実家は伊賀上野のお城なんです」
 えっ! 全員大きな声を出して驚いた。
「すると、みさきちゃんはお姫さまか?」
「冗談やろう……」
「わかりましたか? お姫さまは冗談です。ごめんなさい」
 みさきは、首をすくめてこぼれるような笑顔で渡辺の目をみつめた。素早くじゅもんを心で唱えた。
(愛が満たされ願いが叶う)
 そして、このじゅもんは気孔を使って渡辺の心の中に入れた。渡辺は少し嬉しそうな顔して、
関西人は冗談が好きじゃの……」
「ウチな実はくノ一やねん」
 渡辺は少し笑いながら、
「みさきは面白いぜよ」
 渡辺は美しい顔立ちをして可愛くギャグを言う、みさきをすごく気いったようだ。
「くノ一は女の漢字をばらして意味は女忍者じゃろ」
ピンポン! そうです。もうひとつはね九ノ一と書くねん」
「九ノ一」
「そうです。男性は穴が九個あるよね、目に二個・耳に二個・鼻に二個・口は一個・お尻が一個・はずかしいけど前に一個。女性の場合はもうひとつ生命誕生の大切な穴があるよ」
「あっ、ほんまや女性は穴がもう一つあるぜよ」
 渡辺は指をおって数えて感心している。
「だからウチは女性やから九ノ一なんです」
「なるほど一本やられた」
 楽しい話しが続いていた……。
 耳を澄ますとピアノの優しい音色が流れている。R・クレーダーマンの渚のアデリーヌだ。優しいロマンチックな旋律はみさきも大好きだ。ママと趣味が合うようだ。
「渡辺さん、みさきチャンに何か聞かせてあげてよ!」
「うーむ。わかった」
 静かに立ちあがり奥のグランドピアノの前に座った。
(えっ、ピアノ弾くんや)
 みさきは内心驚いている。渡辺は指をボキボキとならし弾き始めた。そして唄い出した。
(へえ……めっちゃピアノ上手い。うわ……めっちゃ唄も上手いやん)


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第五章「再起の潜入」その2 [土佐ノ巻]

 周辺は高級住宅がずらり並ぶ北本町一丁目だった。
「ホォー・ホォー・ホォー」
「ここがアジトだって」
 アトムが案内してくれたのは高級住宅街でもひときわ目立つ高い塀で囲まれた豪邸だ。
「アトム、ありがとう」
 アトムは高々と舞い上がり夜空に消えた。
「お姉さん、りえはこの豪邸を見張るんやね」
「そうね、何か不穏な感じがするね」
「りえはもうドキドキしてきた」
「頑張ってね」
 あきは腕時計をチラッと見るとまだ午後七時三十分だ。
「りえ、久しぶりに買い物して帰えるわ」
「お姉さん、いいな」
「ウチは買い物大好きやから、たまには許してな」
 と言いながら車を降りたあきは一人で買い物をするはずだったが、つい望月に電話してしまった。するとすぐジャガーで迎えにきてくれた。
「わしからあきの快気祝いに何かプレゼントしてあげよう。遠慮しないで言ってくれ」
「えっ……そんなん悪いわ」
「何が悪いんだ。わしが心からプレゼントしたいから言っているんだ。わしの心を素直に受けとってくれ」
「ありがとうございます。ウチ嬉しいわ」
 しばらくすると、あきは望月の腕にしがみつくような格好で高知タウンのお店を見て回っていた。
 翌日の夜、
「おはようございます」
 あきは黒いドレスで午後七時前にクラブ・城に初出勤すると店長からママを紹介してもらった。
「今日からお世話になるみさきです。よろしくお願いいたします」
「はじめまして、ママのみちるです。みさきちゃんよろしくね、大変だけど頑張ってね」
「ありがとうございます」
 みさき(本名はあき)は、気さくなママさんだったのでなホッとしている。店内は、黒を基調にした落ち着いた雰囲気。コンパニオンは十人ぐらい。カラオケは無く歌はすべてピアノの伴奏をしてもらえるそうだ。
「いらっしゃいませ!」
 午後七時を過ぎると……お客さんぽつぽつ来店してきた。
 午後八時過ぎに渡辺たち三人が入ってきた。ママは飛んで行き、
「社長ようこそ、おおきに」
 と言っている。みさきは、
(えっ……高知県でも、おおきにって、言うんや)
 イントネーションは、だいぶ違うけど意味はまったく同じ、ありがとうだ。
「みさきチャン、こちらにおいで」
 ママは手招きしている。みさきは足早に近づき、社長の渡辺たちにあいさつした。
「はじめまして! 今日からここで働くことになりました、みさきですよろしくお願いいたします」
 みさきは静かにソファーへ座った。
「みさきチャンどこかで見たような」
 社長の隣に坐っている男性が訊ねた。
 みさきはドッキとした。まだ気が付いてないようだ。実は高知タウンで喧嘩した時の一人だ。その時はジーンズ帽子をかぶっていたので、
(まさか? 髪形は変へ化粧をしてドレス姿だ。まさか? 気がつかないだろう)とあきは心の中で呟いた。


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第五章「再起の潜入」その1 [土佐ノ巻]

 翌日の朝、あきとりえ、龍一、そして望月がホテル南水のロビーのソファーに腰を掛け、今後の作戦を具体的に練っていた。
「あきチャンが元気になったので、これから本格的に捜査するぜよ。今まで新しい動きが無かったのは幸いじゃが。敵もそそろろ活動をはじめると思うぜよ」
 と言った龍一は、今回のテロ事件の担当刑事でもあることから詳しく状況を掌握していたからだ。
「ウチ、さっきアトムに聞いたら、根来忍者のアジトはわかっているそうよ」
「そうか、それは助かるな……ありがとう」
 と言った望月はりえの方へ目線を移して、
「りえチャン、根来忍者のアジトを見張ってくれないか?」
「了解。でも……退屈やろうな」
「まぁ、任務だから申し訳ないが我慢してくれ」
「ウチはクラブ・城のホステスになって、建設会社の渡辺社長に接近しようと思っているの。何か重要な情報が掴めそうな気がするから……」
「そうか、クラブのホステスになって捜査か……。あきなら面接で断られることは絶対ないな。聞くところによると祇園の超高級クラブの櫻クラブにスカウトされたそうだからな」
「もう……望月さんそれは若い時の話よ。今はどうかわからんよ」
「今も充分美しいぞ。わしが保証するから安心せい」
「うわー嬉しい、望月さんありがとうございます」
 あきは頬を赤らめ少し含羞みながら言った。
「わしと大江は高知県警を拠点に行動するが、何かあればすぐ対応するから心配するな」
 望月はあきにそう言ってホテル南水を出ていった。
 あきは早速、クラブ・城へ電話した。今日の午後三時にお店へ面接に行くことになった。はりまや橋のすぐ近くのビル地下一階にある店舗へ行くと、四十歳くらいの店長が出てきて簡単な面接を受けた。店長は履歴書を見ながら、
「学生さん?」
「はい」
 あきはこぼれるような笑顔で答えた。
三重県から龍馬の研究にきたがやきっ」
「そうです」
「えーっと、村上三咲さん二十三歳、念のために身分証明あるがやきっ」
 店長はあきが偽造した村上三咲の運転免許証を見ながら、
「何曜日に店入れるがや?」
「毎日入れます」
「そしたら、お店の名前はひらがなでみさきでいいがやきっ」
「はい。ありがとうございます」
「店は日・祝日は休みぜよ。明日の火曜日夜七時から頼むぜよ」
「はい、あの……服装は?」
「自由じゃが、その感じ最高がや。まあ、経験者じゃから任せるぜよ。それからあがりは十一時以降は自由ぜよ。よろしく頼むぜよ」
「こちらこそよろしくお願いします。今日はありがとうございました」
 お店の近くで、りえとアトムがステップワゴンに乗って待っていた。アトムはまだ明るいので目が見えないが不安そうに目をキョロキョロ動かしていた。
「お姉さんどうだった?」
「明日から働くことになったよ」
「おめでとう。いよいよこれからが本番やね」
「ありがとう。頑張るわ」
 ……ステップワゴンの車中でいろいろ話しをしているうちに陽が落ちてきた。
 あきはアトムの頭を撫でながら、
「いよいよ出番だよ。頼むねアトム」
「ホォー・ホォー」
「あきが入院する前に頼んだこと覚えている?」
「ホォー・ホー・ホ・ホ・ホー」
「えーっ、覚えてないの?」
「アトムお願いよ思い出して。昨日は覚えてるって言ってたじゃない」
「ホォー・ホォー・ホー・ホ・ホ・ホー・ホォー」
「なんや、覚えてるんだ。アトムも冗談うまくなったね」
「ホ・ホー・ホォー・ホォー・ホォー」
「あきのお陰やて。やっぱり梟は賢いね、学問の神さまって言われるのわかるわ」
「ホォー・ホォー・ホー・ホー」
「嬉しいって。そしたら今から行ってくれるの?」
 夜空に星が瞬きはじめた頃、アトムは低空飛行でゆっくりステップワゴンの前を飛んでいた。国道三二号線を北へ飛んで、江の口川の高知橋を渡って左へ曲がった。しばらく走って右へ曲がると公園が見えてきた。


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第四章「愛の蘇生」その6 [土佐ノ巻]

「うーわ……坂本龍馬や。カッコいい」
 あきとりえは、悲鳴に近い叫び声をあげて興奮している。海上から坂本龍馬の銅像にサーチライトを照して見るこのロケーションは贅沢すぎるアングルだ。
 この銅像は地元の青年有志によって龍馬自身の写真からいろいろとデザインが検討されアレンジし、全高十三メートル四十八センチ、像だけで五メートル三十センチのビッグな坂本龍馬の銅像が完成した。
「坂本龍馬は俺の憧れの男なんだ」
「望月さんも龍馬のファンんなんですか? 龍馬ってどんな人だったの?」
 望月は少し頷いてから静かに話はじめた。
「坂本龍馬は、一八三五年十一月十五日、高知城に近い本丁筋に誕生した。子どもの頃は泣いてばかりいたので『鼻たれの泣き虫』と言われて、友達からからかわれていたんだ。十二歳の時、楠山塾に入ったが、すぐにやめてしまった。これを機会に龍馬より三歳年上の乙女が、剣術や弓、馬術、水泳などで厳しく鍛えたんだ。乙女は何とかして強い男にしてやりたくて真剣に面倒を見たそうだ。乙女は『お仁王さん』言われるほど大きな女性で、身長は一七六センチ、体重はなんと百二キロもあったそうだ」
「えっ……プロレスラーみたいね」
勉強ぎらいの龍馬だったが、剣術の稽古は嫌がらずに励んでいると、やればできるという自信が少しづつ涌いてきて、十四歳で小栗流の日根野道場に入門して、五年間、熱心に稽古をすると腕前はめきめき上がり『小栗流和兵法事目録』を授けられたんだ」
「へーえ、『鼻たれの泣き虫』と呼ばれていた龍馬が……。剣術の才能に目覚めて逞しくなったのね」
「そうだ。子どもの時、弱虫であっても何か好きな物に打ち込んだら、目覚ましく成長するという見本を龍馬は示してくれたんだ。だから龍馬は子どもたちにもすごく人気があるんだ」
 あきは望月の澄んだ瞳を見詰めて神妙に頷いた。
「龍馬は十九歳の時、江戸でもっと腕を磨きたいと思い父親に相談すると、喜んで承諾してくれたそうだ。家族の応援を得て、龍馬は江戸の千葉定吉道場に入門した。約五年後、二回の江戸修業で北辰一刀流長刀兵法の目録を授けられた。龍馬は武術を徹底して修業することで、技だけでなく人間的にも逞しく成長したんだ。そして勉強嫌いだったはずの龍馬が、日本の情勢や世界の情勢などをいろんな人から学んだそうなんだ」
「やっぱり……ひとつのことを真剣にやれば、人間の器が大きくなって見る視野が広がっていくんだね」
「そうだな。千里の道も一歩からというように、人間は一歩一歩進んでいくうちどんどん器が大きくなっていくんだ。あきも忍術の修行によって人間が大きくなったんじゃあないかな」
「ウチはまだまだ未熟だから、今日から心を入れ替えて真剣に頑張ろうって思っているの」
「えらい。その謙虚な気持ちが大切なんだ」
 と、望月はあきの頭を撫でながら言った。
「……こうして成長した龍馬が日本の歴史の扉を開けたんだ。腐った幕府を大政奉還(幕府は国を治める力を天皇に返す)させ、世界を見据えた新しい日本の時代を切り開いた土佐の英雄と言われているんだ」
「ふーん、だったら日本の宝である坂本龍馬の遺品は絶対に守らないといけないわね」
 あきは望月の話しを聞いているうちに坂本龍馬のファンになっていった。


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第四章「愛の蘇生」その5 [土佐ノ巻]

 龍一はりえになぜ、根来忍者が坂本龍馬の遺品を狙うのか分かるかと、聞いたてきた。
「根来忍者って和歌山県でしょ」
「そう! よく知ってるね。昔は紀州藩だったぜよ」
 龍一はその理由を簡単に話しはじめた。
「坂本龍馬が隊長の海援隊が伊予(愛媛県)から借りた船『いろは丸』を初めての仕事で、鉄砲の荷を積んで長崎から大阪に行く途中、瀬戸内海で紀州藩船と衝突して沈没させられたじゃ。龍馬はえずい怒って、万国公法(諸外国が基準にした国際ルール)を持ち出したりして、仲介を薩摩に入ってもらって紀州藩(五十五万五千石ちなみに土佐藩五十万石)と争ったんぜよ。そして賠償金七万両を支払ってもらったぜよ。龍馬ひとりの気迫で大きな紀州藩に勝ったんぜよ。はじめ紀州藩は一万両ぐらいしか考えていなかったのだから相当な大勝利だったぜよ。さすがに龍馬は懐の大きな男ぜよ。これは日本初めての海難事故の審判やろうな。これから紀州藩(和歌山県)は土佐藩(高知県)を憎むようになったみたいぜよ。だから今回も和歌山の根来忍者が実行してるんぜよ」
「そうなんですか。恨みは長引くんや……」
「そうや。関ヶ原で徳川家康に負けた毛利藩は萩に追いやられても約二百六十数年間、毎年・新年には徳川幕府打倒を誓い合ってたらしいぜよ」
「ふーん、恨みって凄い力にもなるんだね」
 クルーザーはやがてくじらが一番いる場所にやってきた。龍一はそれを大声でみんなに注意深く探して欲しいと告げた。
 それを聞いたあきと望月は立ち上がって双眼鏡で本格的に探し出した。
 ……しばらくして、
「あーっ、噴水や」
 あきが指を差して叫んだ。望月もあきの指先の方向に目をやった。正確には潮吹きと言うのだろうが噴水にも見える。するとしっぽが海面より少し跳ね上がった。
「あっ、お姉さん。あそこに子どものくじらもいるよ」
 りえはハスキーな声で叫んだ。くじらはいつも家族で行動するそうだ。今も雄と雌そして子ども三頭が悠然と遊泳していた。
「子どもくじらが噴水しているよ」
「うわぁ……かわいい」
「あっちのほうにもいるぞ」
 今度は龍一が叫んだ。あっちは一家族五頭で遊泳していた。
「おーっ!」
 四人は一斉に奇声をあげた。
 体長十五メートルくらいのくじらが超ビックなジャンプをした。
「バッサァ……」
 すごい水しぶきがあがった。またジャンプをした。
「バッサァ……」
 波しぶきでクルーザーがぐらぐらと動いた。
「わぁー、すごく揺れてる」
「おーっ! あかちゃんくじらがジャンプしたぞ」
「うーわ、めっちゃかわいい」
「あーっ、親子でジャンプした」
「おっ、すごい」
「わぁー、めっちゃすごい」
 みんな夢中になってはしゃぎまくっていた。
 親くじらが近付けばこのクルーザーよりはるかに大きい。あきは、驚くほど大きな動物が泳いでいる光景を目の当たりにすると、大自然の不思議さをしみじみと感じた。
 四人は雄大な太平洋を舞台にした、くじら親子のビッグショーに堪能した。あきも久しぶりに子どもに帰ってはしゃいだので心の底から満足した。
 いつのまにか陽が傾き西空の大スクリーンがオレンジ色に染まった。実に美しい大自然の恵みは限界を知らないようだ。四人の顔もオレンジ色に染まり刻々と時が過ぎて、やがて顔は黒いシルエトに変わった。夜空に無数の宝石のように星が輝き出した。ひとまわり大きな満月が姿を現した。
 クルーザーはもう桂浜に戻ってきた。サーチライトを点灯すると龍頭岬の岩頭、白砂青松の中に威風堂々と立つ坂本龍馬の銅像が浮かび上がった。坂本龍馬がはるか遠い海上を見つめる視線には、何が見えているのだろうか……。


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第四章「愛の蘇生」その4 [土佐ノ巻]

 翌日、五月晴れのさわやかな朝十時頃に、りえ、大江龍一と望月一郎があきの退院の祝いに集まってきた。
「あき、よかったな! おめでとう」
 望月の温かい言葉を聞いて、あきは望月の側に飛んでいって固い握手をしながら、
「望月さん、ありがとうございました」
 と言いながら目にいっぱい涙を浮かべていた。
「お姉さん、おめでとう」
「あきチャン、おめでとう」
 りえと龍一もあきに近づき、軽く握手をした。
 あきは三週間の入院生活ですっかり元気になった。お世話になったドクターやナースに丁寧にお礼を言って病院を跡にした。
 四人はあきの快気祝い高知タウンの「海鮮料理・大海」で、皿鉢料理の昼食を食べた。あきは久しぶりのご馳走と望月との再会で嬉しくて仕方がない。美味しい料理に舌鼓をうちながら食事を終えた後、りえと龍一たちと別れた。あきと望月は約束していた、いい処へ車で出発した。
 精悍な黒いジャガーが桂浜へ向かって疾走していた。運転席に望月、助手席にあきがこぼれるような笑顔で坐っていた。あきはいい処とはどこだろう? と考えるだけで胸がときめいていた。やがて、車は桂浜が一望できる駐車場に止まった。
「うわぁ……いい香り」
 あきは雄大な太平洋に向かって何回も深呼吸してから、
「望月さん、ウチ生きてて良かったわ」
「ほんと元気になって良かったな」
「ウチこれからもいっぱいお洒落できるから嬉しいわ」
「望月さんあれ……何?」
 あきは桂浜沖からこちらの砂浜に向かってくる白い船を指差して叫んだ。
「あれはクルーザーだよ」
 波の音と共にどこからか叫び声が聞こえてきた。
「あきチャーン」
「お姉さーん」
 あきは注意深く耳を澄ますと、間違いなく海から聞こえている。あきは声の方角をよく見詰めるとクルーザーからりえと龍一が大きく手を振って叫んでいるのに気付いた。
 りえと龍一とはついさっき別れたはずなのに……? あきは驚いたような声で、
「りえ何してるの?」
 叫びなが激しく手を振った。
「お姉さんと望月さんを迎えにきたんよ」
 クルーザーはぐんぐん砂浜に近づいてきた。この桂浜は年中遊泳禁止の鍋底になっているので驚くほど砂浜に近づける。あきと望月はクルーザーから降ろされたゴムボートに乗ってクルーザーへ乗り移った。このクルーザーは三十六フィート(約十メートル)で定員は八人である。
 望月は龍一に向かって「お疲れ様、ありがとう」と言っているのがあきの鋭い耳朶に聞こえた。
「望月さんがしてくれたん? ウチ、クルーザー乗るの初めてやねん……ほんまありがとう」
「まだまだお礼は早い、これからがめっちゃ面白いぞ」
「えーっ、何があるん?」
 りえは待ちきれずに、
「くじら見にいくんよ」
「ほんまに……ウチ、くじら見るん初めてや」
「りえも初めてやからワクワクしてるねん」
「ウチはドキドキしてきたわ」
 この海岸近くでくじらが元気に泳いでいる時期は三月から十月下旬。ウオッチングしてくじらに出会える確率は八十五%から九十%とかなり期待度も高い。種類は髭くじら類のニタリクジラで体長は十二メートルから十五メートルぐらいある。
 クルーザーの運転は一級船舶免許を取得している龍一が舵をとっていた。その側には金魚の糞みたいに、りえが付きまとっていた。
 一方、あきは海上を波しぶきをあげながら走るクルーザーの先端に望月と並らんで坐り、海風を全身に浴びながら双眼鏡でくじらを探していた。


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第四章「愛の蘇生」その3 [土佐ノ巻]

 望月が帰って小一時間後、りえと龍一が見舞いにやってきた。
「こんにちは。あれっ? 今日は、お姉さん顔色いいよ」
 りえは大きな瞳を輝かせて言った。そして、
「はい!」
 花を差し出した。あきの大好きな白ゆりだ。
 あきは花びらに鼻を近づけるとあまい香りに満足して可愛い笑顔になった。
「りえ、ありがとう」
「お姉さんの枕もとの花瓶に生けるね」
 気品のある白ゆりの存在で病室の中がパッと明るくなった。
「さっき、望月さんが見舞いにきてくれたんよ」
「えっ、ほんとう……それはよかったね」
 りえは少し驚いたように言ったが、実はりえが望月にお願いしたのだった。
 あきが萩で望月と出会ってから好意をもっているのを知っていたから、望月にあきの病状を話すと心良く了解してくれた。また、今回のテロ事件の総指令にもなってくれた。あきとりえにとってこんなに心強いことはない。
「りえ、ウチ頑張って治すから、早く元気になるからね」
 あきは力強く言った。そして望月から聞いた、根来忍者くノ一うめのことをお面白おかしく話した。
「えっ、すると根来忍者くノ一うめはニューハーフ?」
 黙って聞いていた龍一も驚いて訊ねてきた。
「そうなんやて……ウチは負けて、めっちゃ落ち込んだこと、損したよ」
 あきは元気に笑って応えた。
 闘いで負けたあきは太股に怪我をして猛毒で死にそうになった。そして悔しさと失意で肝臓を患った。また最近りえが龍一に夢中になっているから、りえを龍一に取られたような気がしていっそう寂しい思いをしていた。ところが、一番会いたかった望月が見舞いにきて、ギター弾き語りで励まされたから、あきは希望と勇気がムクムクと涌いてきた。
 見舞いにきてくれたその日から、あきは毎日何回も心境を望月にメールした。
「よかったよかった」
 とか、
「はやくげんきになれよ」
 とか、
「わしもうれしいぞ」
 とか、
「そうかありがとう」
 とか、
「わしもあいたいぞ」
 など、望月の返信メールは短くひらがなだけだ、全く漢字がない。しかし、あきのメールの内容に対して心のこもった返信だから、あきは日に日に元気になっていった。
やがて二週間が過ぎた頃、
「望月さんおはよう、ウチいよいよ明日退院できるよようになりました。めっちゃうれしいよ、望月さんに会えるの楽しみにしてるね」
望月からの返信メールは、
「あき、本当におめでとう。良く頑張った。わしは凄く嬉しいぞ。明日は、わしが午前中に迎えに行くから何時でも退院できるよう用意して待ってろ。約束通りいい処に連れていってあげるぞ。楽しみにな」
 あきはビックリしてメールの画面を見詰めた。今まではひらがなだけで短い文章だったのが長文でおまけに漢字が一杯ある絵文字も少しある……。
 不思議に思ったあきはメールで訊ねると、
携帯メールは初めてだったので漢字変換ができなかったんだ。調べてやっと変換できるようになったんだ」
 と望月から返信がきた。あきはウチのためにできない携帯メールで励ましてくれた望月がますます好きになった。
(望月さん、ほんとうにありがとうございました)
 あきは心の底から望月に何回も感謝して涙した。


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第四章「愛の蘇生」その2 [土佐ノ巻]

「この歌は、俺の好きな河島英五の作詞・作曲の歌なんだ。彼は四十八歳で死んだが本当にもっともっと生きてて欲しかったなぁ」
 しみじみ語りながらギターをかかえ、アルペジオをでつま弾きながら静かに唄い出した。

「生きてりゃいいさ」視聴できます

 君が悲しみに 心を閉ざしたとき
 思い出してほしい歌がある
 人を信じれず 眠れない夜にも
 きっと忘れないで ほしい
 生きてりゃいいさ 生きてりゃいいさ
 そうさ 生きてりゃいいのさ
 喜びも悲しみも 立ちどまりはしない
 めぐり めぐって 行くのさ
 手の掌を合わせよう ほら温もりが
 君の胸に届くだろう
 
 一文なしで町をうろついた
 野良犬と呼ばれた若い日にも
 心の中は夢で埋まってた
 火傷するくらい 熱い 想いと
 生きてりゃいいさ 生きてりゃいいさ
 そうさ生きてりゃいいのさ
 喜びも悲しみも 立ちどまりはしない
 めぐり めぐって 行くのさ
 恋を無くした一人ぼっちのきみを
 そっと見つめる 人がいるよ

 きみにありがとう とてもありがとう
 もう会えない あの人にありがとう
 まだ見ぬ人に ありがとう
 今日までぼくを 支えた情熱に ありがとう
 生きてりゃいいさ 生きてりゃいいさ
 そうさ 生きてりゃいいのさ
 喜びも悲しみも 立ちどまりはしない
 めぐり めぐって 行くのさ
 手の掌を合わせよう ほら温もりが
 君の胸に届くだろう

〈JASRAC 出 0413303-401〉

 あきはベッドに横になり目を閉じて感動しながら聴いていた。あきの頬を涙が滝のように流れて止まらない。本当に生きていて良かった。素晴らしい歌を聞かせてもらって、忘れかけていた好きだった教訓、
(ありがとうは奇跡の言葉だ。ありがとうを素直にいえる心は健康である。ありがとうを言うたびに心が光る、身体に生命力が涌く)を思い出した。
(望月さん、とてもありがとう……)
 あきは一日も早く元気になりたいと思った。そしてもう一度、使命のある忍者くノ一として思いっきり青春を生きるんだと強く固く決意した。
「あき早く元気になれよ。寂しいときは、わしにメールくれ! わしは文章は下手やけど、心ぐらいは返信できるやろ……」
 望月はメモ用紙に携帯用のメールアドレスを書いて、あきの枕元に置いた。
「望月さん。ほんまありがとう。ウチ寂しいときメールするね」
「どんなことでもええから、遠慮せんといつでもメール送ってくれ」
「もうウチ! ひとりぽっちやないんや」
「あたり前やろ、わしが応援するから早く元気になれよ」
 望月は優しい目で、あきの澄んだ美しく輝く瞳を見つめながら、あきのやつれた右手を両手でそっと包み込むように少し強く握りしめた。
「あきが元気になったらお祝いに、いい処へ連れていってあげるからなぁ。早く元気なれよ。頑張れよ。お大事になぁ。では、さらばじゃ」
 と、言い残してさっさと帰ってしまった。あきは望月に会う前の自分と、今の自分の違いをはっきり実感している。心にあかあかと燃える希望と愛が生まれたことを、そしてあきはひとりごちた。
(生きてりゃいいさ、めっちゃありがとう。ウチ絶対に元気になるよ)


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